講義

講義17 グルテンとベータ細胞傷害

2023年9月開催IPBNHC(国際プラントベース栄養学ヘルスケア学会)

講義17 グルテンとベータ細胞傷害

講師:ヘレン パウエル ストッダート医師 Dr. Helen Powell-Stoddart

翻訳・要約:鈴木晴恵医師(プラントリシャンJAPAN理事長就任予定)

私の母親は肥満と2型糖尿病があり、糖尿病の合併症のうっ血性心不全で亡くなりました。母親の12人の兄弟のうち赤ちゃんの時に亡くなった2人以外の10人全員に糖尿病があり、生存している1人の叔母以外全員糖尿病の合併症で亡くなっています。存命中の叔母も糖尿病と高血圧で投薬を受けています。アメリカ人の10人に一人が糖尿病であり、3人に1人が前糖尿病です。糖尿病では動脈硬化が進行しやすく、心臓病や脳卒中に発展します。心臓病の第一の症状は突然死です。

本講演のテーマは、グルテンが糖尿病に及ぼす影響についてです。グルテンがインスリンを分泌するベータ細胞を傷害することや、古代小麦やプラントベースの食事がそれをどのように改善できるかについてお話しします。

グルテンとはどのようなものでしょうか?グルテンは小麦、ライ麦、大麦に含まれ、パンを膨らませる成分です。グルテンは何百ものタンパク質から構成されますが、主にグリアジンとグルテニンという2つのタンパク質から成ります。グルテンの中のグリアジンがグルテンアレルギーの原因になる成分で、セリアック病の免疫反応を起こす原因です。グリアジンはリーキーガットの原因でもあります。

リーキーガット(腸漏れ症候群)の説明をします。腸の内腔の表面は、繊細なブラシのような腸絨毛を持つ1層の腸上皮細胞の層から成ります。腸上皮細胞はタイトジャンクション(表皮を構成する顆粒層に存在し、隣接細胞の間隙を埋める細胞接着装置)によりつなぎ合わされています。タイトジャンクションは、食品として入ってきた腸管内の未消化のタンパク質を血管内に入れない働きをします。腸上皮から分泌されるゾヌリンというタンパク質が、腸上皮の透過性をコントロールします。グリアジンは腸上皮からのゾヌリンの分泌を促し、ゾヌリンは腸上皮に作用し、タイトジャンクションを傷害します。腸上皮の透過性が亢進することで、細菌が血流に入ってしまいます。また、グルテンが血流に入ることによりグルテン過敏症やセリアック病が起こります。セリアック病は人口の1%くらいに生じていますが、世界人口の5から10%に生じているグルテン過敏症のため、セリアック病の人数が誇張されています。グルテン過敏症は腸内のガスの発生、腹痛、腹部膨満といったセリアック病と類似した症状を起こします。

適切に消化された食品から栄養素と水分を吸収するのは腸上皮の腸絨毛からです。セリアック病では腸絨毛は傷害され、平らになってしまいます。そのため吸収機能を失い、栄養欠乏になってしまいます。腹痛、ガス、腹部膨満、そして脂っぽく酷い悪臭のする便を生じます。セリアック病の人はグルテンフリーの食生活をすることが非常に重要です。このリーキーガットを生じる原因はたくさんありますが、最大の原因はグルテンです。グルテン分子は体内のどこにでも移動して軽度の炎症を引き起こします。これはセリアック病の病態とは少し異なります。しかし、この軽度の炎症反応はインスリンを分泌するベータ細胞を傷害してしまうのです。

では、糖尿病とはどのようなものか見ていきましょう。糖尿病は慢性疾患で、米国糖尿病学会は「糖尿病と共存していく術を学びましょう」と言っています。しかし、糖尿病は実際には克服ができます。糖尿病の問題点は体がインスリンを作れないことか、インスリンを使えないことです。インスリンは膵臓のランゲルハンス島のベータ細胞で作られます。ランゲルハンス島内の細胞のほとんどがベータ細胞ですが、そこにはアルファ細胞と呼ばれる細胞も存在します。ベータ細胞はインスリンを分泌し、アルファ細胞はグルカゴンを分泌します(西洋医学では糖尿病は治らないとされていますが、このアルファ細胞からベータ細胞が再生されるということが研究で明らかになっています。)

ベータ細胞を傷害するものを表に示します(表1)。長期的高血糖、脂質毒性、活性酸素類。酸化ストレスは大変な問題で、薬剤はその原因になります(参考文献を参照)。ここで私の患者さんの例を紹介します。我々のところに来た時狭心症で胸の痛みがあり、外出時はいつもニトログリセリンを使用していました。薬を色々変えてもコントロール不能の高コレステロール血症があり、糖尿病もありました。まずたくさん服用していた薬をやめさせ、食事の指導をし、デトックスすると2週間後には狭心痛はなくなり、ニトログリセリンはいらなくなりました。とてもよくなったのですが、ヘモグロビンA1cだけが正常値になりません。そこで話を聞くと、まだスタチン(コレステロール値を下げる薬)を内服していました。スタチンの内服もやめさせ、2ヶ月経つと全てが良くなり、コレステロール値も50下がりました。

グルテンは2型糖尿病だけではなく1型糖尿病においてもベータ細胞を傷害します。グルテンは妊娠においても糖尿病に関する問題を起こします。実際に妊娠中にグルテンを摂取すると、子供に1型糖尿病が起こりやすいことが分かっています。ベータ細胞はインスリン分泌に不可欠なものなのです。そしてグルテンは体中どこにでも行くのです。インスリンの分泌が不十分な場合や、ベータ細胞が傷害され続けてついに無くなってしまうと、インスリン投与をし始めなければならなくなります。1型糖尿病の人はインスリンの投与が必要になります。

グルテンが悪いのは違いないが、グルテンがどのように悪いのかと考えていた時に、一万五千人以上の看護師を対象にした前向き試験に行き当たりました。この論文では、グルテンの摂取が少ない人ほど糖尿病を発症しやすいと結論付けていました。そのグルテン摂取とは1日12gのことを言っていました。12gのグルテンとは食品でいうとどれくらいか分かりますか?食パン1枚でグルテン5g、茹でたパスタ1カップが6.4g。しかし、一般的な人は毎日平均40gのグルテンを摂取していると言われています。

私はこの一万五千人の調査対象を丁寧に見ていき、次のようなことを見出しました。セリアック病の人やグルテンフリーの食生活をしている人は1型糖尿病を発症しません。セリアック病の人はグルテンフリーの食生活を徹底するためです。ただし、逆はあり、先に1型糖尿病を発症した人がセリアック病を発症することはあります。一つの自己免疫疾患を発症すると更なる自己免疫疾患を発症しやすいのです。自己免疫疾患である1型糖尿病の人が、次に­セリアック病を発症するのです(1型糖尿病の人の10%がセリアック病を発症することが知られています。)。この人たちはグルテンを摂取しません。2型糖尿病は徐々に発症するので気がつくまでに時間がかかります。グルテンを食べていて、徐々にベータ細胞が失われていても分からないのです。だから、グルテンを摂取していない人の方が糖尿病になると結論付けていたのです。1日に12g以上のグルテンを摂取し続けると、ベータ細胞を傷害して2型糖尿病を生じるのです。

我々はすでに脂肪がインスリン抵抗性を生じることは知っています。(鈴木注:日本では未だに糖尿病の原因は糖や炭水化物の過剰摂取だとして糖質制限食を推奨する医療者が多い。そのため脂質の過剰摂取をして糖尿病をますます悪化させがちである。)でも私はそれをインスリン抵抗性と呼ばずに「グルコースリジェクション(糖排除)」と呼ぶことを提唱します。細胞内に入り込んだ脂肪が、細胞内への糖の取り込みを拒否するからです。

グルテンがそんなにダメージを引き起こすのでしょうか?詳しく見ていきましょう。1960年代には小麦は180cmもの高さがありました。このころから小麦のハイブリダイゼーション(交雑)が始まり、1980年代にはハイブリダイゼーションされていない小麦を見ることはなくなりました。背丈が低く頑丈で倒れにくく、実の大きい小麦が取って代わりました。そしてグリホサート(農薬)をたっぷり噴霧されています。

古代小麦のアインコーンは遺伝子数が14です。スペルト小麦の遺伝子数は28。そして現代小麦のデュラム小麦は42です。表2はそれぞれの種類の小麦がどれだけのグルテンを含有しているかを示しています。上からスペルト、デュラム、エンマー、アインコーン。どの種類の小麦もグルテン含有量に大差はありません。違いはグリアジンとグルテニンの含有量の比率だったのです。デュラムはグリアジンとグルテニンの比率が1:2、スペルトも大体同じ、エンマーはグルテニンがグリアジンの2倍、アインコーンは3倍。つまりアインコーンはグルテニンに比べてグリアジンの量が著しく少ない。精製加工の過程でもグルテンが濃縮されます。未精製の小麦は繊維、ビタミンB、ビタミンE、ファイトケミカル、健康的な脂質に富んでいます。商品として脂質が多いと賞味期限が短くなるので、小麦粉に精製して澱粉質だけにするのです。白いパンのグリセミックインデックス(G I値)は90、古代小麦なら58。また、前述した農薬のグリホサートは腸にダメージを起こし、土壌も破壊します。

古代小麦のアインコーンを食べると、抗酸化作用、抗炎症作用、LDLコレステロール低下、インスリン、血糖値低下作用があったという研究があります。ベータ細胞を損傷しないためには、1日の小麦摂取量を茹でたパスタカップ1杯と一切れのパンに制限することもできますが、アインコーンの小麦に代えることもできます。

<まとめ>

・ハイブリダイゼーションを繰り返した現代小麦を食べると、消化できないグルテンの摂取を増やすことになり、ベータ細胞の傷害と機能損傷を起こす。また、残留農薬がベータ細胞を損傷すると思われる。

・よく考えられた低脂肪のプラントベースホールフードの食事を摂ることで、ベータ細胞の量と機能を改善できる。

・現代小麦の摂取を最小限にすることがベータ細胞の回復につながる。

・古代小麦を現代小麦の代わりにできる。

・ベータ細胞は回復し得る。

表1 <ベータ細胞を傷害する原因>

長期的高血糖
脂肪毒性
活性酸素類
抗菌剤
SSRI抗うつ剤
低酸素症
スタチン(コレステロール低下剤)
感染症
殺鼠剤
ポリ塩化炭化水素
ポリ臭化炭化水素
腫瘍

表2

小麦の種類タンパク質グルテン
スペルト0.940.91
デユラム0.770.82
エンマー0.850.88
アインコーン0.920.78
小麦の種類 グリアジン/グルテニン比率
デユラム1.5/3.1
スペルト2.8/4.0
エンマー3.6/6.7
アインコーン4.2/12.0

      

参考文献

Drug-induced diabetes R E Ferner. Baillieres Clin Endocrinol Metab. 1992 Octより:

糖尿病をきたす薬剤は 高血圧治療薬のdiazoxide、高容量コルチコステロイド、高容量サイアザイド利尿薬、妊娠糖尿病をきたしたことがある女性の低容量避妊用ピル、ボディービルダーが摂取する高容量男性ホルモン剤、ストレプトゾシン、アロキサン、殺鼠剤のVacor。

Drug-Induced Hyper-glycaemia and Diabetes Neila Fathallah. Drug Saf. 2015 Decより:サイアザイド利尿薬、スタチン、ニコチン酸。フルオロキノロン、プロテアーゼ阻害薬、ペンタミジン、抗うつ剤、コルチコステロイド、calcineurin阻害薬、経口避妊薬、成長ホルモン。

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